草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • カール・バルト『教会教義学』より

    人間は、精神をもつことによって存在する。

    《 Der Mensch ist, indem er Geist hat. 》

  カール・バルトは、二十世紀最大の神学者である。いや、キリスト教最後の予言者と言ってもいいだろう。信仰を完全に失ったこの時代に、神の実在を証明したのだ。その膨大な『教会教義学』は、バルト思想の金字塔と言えよう。その業績は、中世の聖トマス・アクィナスそして宗教革命のジャン・カルヴァンの他に比肩し得るものはない。信ずることの存在理由を、これほどに納得させてくれるものもないだろう。バルトのもつ騎士道に、内村鑑三を感ずるのは、果たして私だけだろうか。
  現代社会の根源的誤謬は、人間存在の中心を肉体に置いたことにある。人間は、肉体ではない。それは魂に基因する「精神」を載せるための、乗り物に過ぎないのだ。この事実を、そのままに信ずる者だけが「人間」に成ることが出来る。肉体は動物である。精神が、その肉体を完全に支配することによって、人間が立ち上がる。精神は、脳ではない。人間のもつ宇宙的使命を、この世で実現しようとする意志のことだ。その意志が、この地上において肉体を必要としている。
  生きるとは、この世に棲息することではない。生きるとは、この世で真の人間として死ぬことを意味している。つまり、人間のもつ宇宙的使命をこの世に刻み付けた後に、果てるということに尽きる。そして人間の使命とは何か、である。それは、この地上において愛と義を実行することにある。その実行のために、いつでも肉体を投げ捨てる気概が人間の人生を創っている。だから人類は、西洋では騎士道精神を生み、日本では武士道精神を生んだのである。

2021年9月18日

掲載箇所(執行草舟著作):『根源へ』p.190
カール・バルト(1886-1968) スイスの神学者。独自の聖書解釈により当時の若い神学者、牧師に大きな影響を与え、その理論は弁証法神学と呼ばれる。ヒトラーの台頭に際しては、反ナチ教会闘争の中心的指導者として活躍した。生涯に亘り『教会教義学』を書き続け、未完のまま没したがその内容は1万ページを超える。ほか『ローマ書』等。

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