草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • 安部公房『終わりし道の標べに』より

    墓の中の誕生のことを語らねばならぬ。

 死の認識が、人類の文明を築き上げた。死を考え続けることが、人間に「人生」を与えたのだ。死のない生は、人生ではない。それは動物の生と言えよう。我々は死を見詰めることによって、初めて真に生きることが出来るのだ。「生きるとは死ぬことである」。そう大徹老師は言っていた。死が、人間の生の価値を決める。その死が、墳墓の思想を生み出した。墓が、人間の真の故郷と成ったのである。墓は人生の終焉であり、また出発なのだ。そこから、文明の息吹が萌え出づる。
 私がこの言葉に出会ったのは、高校一年の春だった。満開の桜並木の道を、この安部公房の書物を読みながら歩いた。風に舞う桜の花びらが、この本に今も押し挟まれている。私は、この文学者が好きだった。その人類的予言に、生命の深奥からの魅力を感じていたのだ。その斬新で未来的な文章に酔いしれていた。そして、この出会いの日がやって来た。私は、この文学者の悲しみと対面したのだ。生きるとは、過酷を語ることに他ならない。生きる者は、死者の中から立ち上がらねばならない。
 この言葉に出会って、私は安部文学を摑んだように感じた。その苦悩が、私の魂を刺し貫いたのである。死の中から生まれる生こそが、我々の本当の生なのだ。悲痛から生まれたものだけが、生命を燃焼させる。未来は過去の中に誕生する。私はこの思想を、日々考え続けた。そして、自分と自分の信ずる過去の真の価値を知ったように思う。私の墓は、未来を創造する価値を持つに違いない。私はこの言葉によって、そう信ずる力を得たのである。

2019年8月26日

※大徹老師:(1903-没年不詳)禅僧 関大徹のこと。著書に『食えなんだら食うな』(ごま書房新社)がある。
安部公房(1924-1993) 前衛作家・劇作家。超現実的な作品を多数執筆し、人間存在の不安を描き出した。日本現代文学を代表する一人として広く海外でも読まれ、国際的な名声を博す。また演劇グループ「安部公房スタジオ」を設立。代表作に『砂の女』、『第四間氷期』、『棒になった男』等。

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