草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • 『新約聖書』(ルカ福音書 第十章四十二節)

    しかし必要なことは、ただ一つだけしかない。

  このキリストの言葉ほど、含蓄の深いものはあまりない。この言葉によって、私は自己の運命をいつでも乗り越えて来た。そこに立ちはだかる、あらゆるものと対峙して来たのだ。何があろうと、私はいつでもこの言葉によって、あらゆる迷いを截断して来た。私が「葉隠」の中を生き抜けたのも、この言葉がもつ霊力に違いない。運命を乗り越え、それを抱き締めるために必要なことは、いつでも一つしかない。その時に掛け替えのない一つのものだけが、自己の運命を引き寄せてくれるのだ。
  その一つを選ぶことが、その人の人生を創っていく。キリストは、それを神の言葉だと言っていた。そして私は、葉隠の言葉をその一つのものとして来たのだ。神の言葉は、子供の頃の私には分かり辛かった。しかし武士道の言葉は、血湧き肉躍るものがあったのだ。自分の魂が奮い立つものを、その中に私は感じていた。だから、いつでも私は葉隠の中に戻っていった。そして、その魂をもってあらゆるものを截断して来たと言っていい。葉隠はいつでも私にとって一つしかないものだった。
  私の人生は、死ぬほどに苦しんだことの連続だった。いつでも死を覚悟していなければ、一日たりとも生きることは出来なかった。その苦悩を、すべて一つの思想を仰ぎ見ることによって乗り越えて来たのだ。それが葉隠である。そして葉隠の思想を、キリストのこの言葉が支えていた。心に迷いが生じたとき、私はいつでも葉隠の言葉だけを受け取った。それ以外のあらゆるものを切り捨てて来たのだ。私は今七十二才になった。そして一つしか得るもののなかった人生を、本当に良かったと思っている。

2022年11月26日

ルカ福音書 新約聖書4福音書の一つ。マタイ、マルコ福音書とともに共観福音書と呼ばれる。イエスの生誕や復活の記録などが収録されており、マタイ福音書に類似している。新約聖書中もっとも文学性に優れた福音書として名高い。

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