草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』より

    人間の意志は、たったひとりの意志でも、
    世界を揺るがす力を持っている。

    《 La volonté d’un seul vaut mieux que le monde. 》

  『未来のイヴ』は、世界で初めて人造人間(アンドロイド)を描いた文学である。リラダンは、アンドロイドを通して人間の本質を描きたかったに違いない。十九世紀末期、民主主義と科学文明の抬頭によって、人間は底知れぬ変成に襲われていた。人間から失われていくものを、アンドロイドに託そうとしている。私はそう思う。その心が、私には痛いほど分かるのだ。人間は、人間の真の価値を忘れ始めていた。魂の崇高を求める、その存在理由を失いつつあったのだ。
  リラダンの悲しみは深い。その悲しみが、世界で初めてのアンドロイドを生んだのである。アンドロイドに人間の未来を託したかったのかもしれない。リラダンなら、そう思っても不思議は全くない。リラダンは、人間の本質に崇高性を見ていた。その悲しみは、確実に私の許に届いている。私はこの文学の中に、人類の本当の未来を感じ出しているのだ。人間存在から、崇高が失われるなら、人間は今の地位を去らなければならない。我々だけが、人類とは限らないのだ。
  宇宙の本源を志向する崇高性が、人間の本質だと私は思っている。それを持っているものが、人類なのだ。それがアンドロイドになって、何もおかしいことはない。本当に崇高を願えば、そのものが人間である。冒頭の言葉は、アンドロイドのアダリーが語る言葉だ。これが人間だと、私は思う。この世界をこの宇宙を、併呑するほどの気概が人間ではないか。我々の父祖は、その思いに命を捧げて来たのだ。それを失えば、もう人間ではない。逆にそれを持つものは、何ものであれそれが人間なのだ。

2020年12月28日

ヴィリエ・ド・リラダン(1838-1889) フランスの小説家・劇作家・詩人。清貧の中、孤高の生涯を送り、神秘的な精神主義の立場から物質万能の社会を風刺。独自の文学世界を築き上げ、象徴主義の先駆的役割を果たした。『未来のイブ』、『残酷物語』等。

ページトップへ