草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ヤコブ・ブルクハルト『世界史的考察』より

    人間の不平等に対して、再び敬意が払われるときが来るだろう。

    《 Irgendwo wird die menschliche Ungleichheit wieder zu Ehren kommen. 》

  人間は、不平等な存在なのである。それが、人間の個性を創り上げ、躍動を生んでいるのだ。不平等が、人間を魂の生き物としている。人間にとって、平等化できる可能性があるものは、肉体を措いて他にない。肉体は、その物質性のゆえに平等・水平化の対象にはなる。精神は、そのエネルギー性のゆえに全く平等化は出来ない。これを平等化しようとすれば、魂や精神と呼ばれるものを、人体から抜き去って零としていく以外に方法はないのだ。いま我々の社会は、行き過ぎた平等化の前に滅びようとしている。
  民主主義と科学文明の行き着く先を、ブルクハルトは予想していたに違いない。十九世紀において、すでにその警鐘を鳴らしている。ブルクハルトは、知っての通り人類史上もっとも偉大な歴史家のひとりである。私も本書の他に、その『ギリシャ文化史』や『イタリア・ルネサンスの文化』を若き日より愛読している。その人物が、人類の将来を憂いてこう言っている。不平等に対する、敬意が人類の本質に対する畏れに繋がっているのだ。
  私は運良く、子供のときから人間の不平等性を摑んでいたように思う。それは、自分が他の人間とは違うという自負を持っていたからだ。自分は、過去の偉大な人間たちに連なる存在になれると、信じて生きて来た。そう思わなければ、『葉隠』の現実的実行などは絶対に出来ない。どんなに蔑まれても、どんなに失敗しても、それに体当たりして来たのは自負心だけに与っている。精神性は、不平等の意識から生まれる。だから、人類の文化の発祥は、人間のもつ不平等性に存するのである。

2021年1月9日

ヤコブ・ブルクハルト(1818-1897) スイスの歴史家・美術研究家。大学で歴史学と美術史を学び、古代ギリシアとルネサンス期の文化、美術の権威となる。単なる歴史を超えた深い人間性への洞察により、近代史学と美学に大きな影響を与えた。代表作に『世界史的考察』、『コンスタンティヌス大帝の時代』がある。

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