草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • 福田恆存『人間・この劇的なるもの』より

    私たちが欲しているのは、自己の自由ではない。
    自己の宿命である。

  私は、自己の宿命を、何よりも愛して生きて来た。人間として生まれたことに、死ぬほどの幸福を感じている。そして日本人として生を享け、わが家系に連なったことを何よりも誇りにしているのだ。私が与えられた宿命の、そのすべてを覆っているものが『葉隠』の武士道なのだ。だから私は、葉隠の精神を貫いて死ぬことを決意しているのである。私にとって、武士道は宿命の中の宿命と言ってもいい。宿命に生きて来たことを、私は自己の人生の最大の幸運だと思っている。
  私は、自分ほど自由を謳歌して生きて来た人間を見たことがない。自由は、私の命である。もちろん、自由を守るためには死など全く恐れる気持はない。私は自己の武士道を、この現実社会で貫徹することだけを目指して来た。そして、それは日々大きなうねりとなって漸進している。私の生命は、その内臓と共にすでに回復不能の痛手を受けている。しかし、私の生命は現代人の誰よりも潑剌としているのだ。それは私の生命が、本当の自由の中を生きて来たからに他ならない。
  『人間・この劇的なるもの』を、中学一年のときに読んだ。そしてそれ以来、私の座右を離れたことはない。初めて読んだとき、冒頭の言葉に深い喜びを感じた。そして六十年近くを経た今日、この同じ言葉の中に、深い悲しみを見るのだ。ただただ涙が滲むのである。この本を読み返すと、いつでも自分の人生が甦って来る。そして、自分の生命の幸福を噛み締めるのだ。私は現代が最も失った考え方が、この言葉の中にあると思う。そして、自分たちの生命が最も必要とする思想が、やはりこの言葉の中にあると考えるのである。

2021年2月8日

福田恆存(1912-1994) 評論家・劇作家・演出家。戦後に文芸評論家としての活動を開始し、保守派の論客として幅広い評論活動を展開。また『シェークスピア全集』の翻訳も行なった。芥川比呂志らと「劇団雲」を設立し、日本の演劇界における指導者的役割を果たしたことでも有名。『人間・この劇的なるもの』、『近代の宿命』等。

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