草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • マックス・シェーラー『宇宙における人間の地位』より

    人間の生成とは、精神の力によって世界開放性へと高まることである。

    《 Menschwerdung ist Erhebung zur Weltoffenheit kraft des Geistes. 》

  人間の生成とは、人類の生誕を意味している。その生誕の繰り返しが、人間を生むのだ。つまり、我々が日々新たに、人間と成っていく過程そのものを表わす。人間は、人間と成らなければ人間ではない。我々は、生まれながらの人間ではない。生まれるのは、あくまでも動物としての肉体に限られる。その肉体に宿る人間の精神は、その発生から徐々に自分の力で創り上げていく。精神は、自ら精神の再生を行なうのだ。精神は精神によって成長する。
  その精神は、「世界開放性」へと向かっていく。世界開放性とは、脱=現実化ということである。自己の生命を理念化するのだ。自己に与えられた運命が、理想に向かって歩むことを求める衝動に違いない。我々を生み出した宇宙の意志を、この地上に投影する決意だ。閉じ込められた世界に存在する肉体を、無限の宇宙に脱出させるのだ。精神の力によって、それを行なう。それが我々の人生の目的となる。そのために必要なことが、「否」を発する勇気なのだ。
  この地上の否定によって、自己の実存が開放される。そして我々の運命は、自由へ向かって羽ばたいて行くのだ。その自由を、あの森有正氏と語り合った日々を忘れない。私はシェーラーを森氏に教わった。そして、この世界開放性を語り合ったのだ。理想に向かって生きることが、人間に与えられた使命なのだ。たとえその理想が、現実に敗れ去ることがあろうとも、我々は人間である限りそうしなければならない。人間であるということは、宇宙の意志をこの双肩に担うことなのだ。

2021年5月17日

マックス・シェーラー(1874-1928) ドイツの哲学者・社会哲学者。現象学の影響を強く受け、その方法を倫理学、宗教学、社会学等に当てはめた。外務省の仕事に従事。ケルン大学、フランクフルト大学の教授を歴任した。代表作に『倫理学における形式主義と実質的価値倫理学』、『宇宙における人間の地位』等がある。

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