草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • フランシス・ポンジュ「人間に関する最初のノート」(サルトルの刊行した『レ・タン・モデルヌ』誌への寄稿)より

    人間は来たるべき存在である。人間は人間の未来である。

    《 L'homme est à venir. L'homme est l'avenir de l'homme. 》

ジャン=ポール・サルトルは、その『実存主義とは何か』において、この言葉を引用した。自己のもつ人類的希望の思想を表わすものとして、これを選んだのだ。「存在」を徹底的に追求した思想家が、ポンジュの言葉に人類の本質を感じたのである。人間はまだ未完なのだ。我々は、まだ「人間」になっていない。我々は未来の「人間」のための前提としての存在に過ぎない。またサルトルの盟友モーリス・メルロ=ポンティは、この「未完の人間」の思想を「生の未完結性」(リニシュヴマン・ドゥ・ラ・ヴィ)という思想で表わしてもいたのだ。
  人間は、まだ・・人間になっていない。物質万能主義に覆われた二十世紀を経験した哲学者たちの多くが、その思いに駆られていた。我々は、未完なのだ。このような当たり前の考え方に行き着くのに、人類は大殺戮を伴う二度の世界大戦を経る必要があった。人間とは、愚かな存在なのだ。それを知ることが未来において、人間となるための条件なのだろう。人間は、神を裁くことによって文明を築き上げて来た。我々がそれを忘れてから、もうどのくらい経つのだろうか。
  信仰を失ってしまった現代人は、すでに未来を志向する指針を失ってしまったのだ。この人間たちが、人間として存続するためには、いまはまだ・・人間ではないと分かる必要がある。我々は、未来に「人間」と呼ばれる存在となるために、いま生きているのだ。これを遺憾とする者こそが、人類の敵なのである。経済至上主義、現世享楽主義の者たちにとって、このポンジュの思想は受け入れ難い。しかし人間について深く洞察した者は、却ってポンジュのこの思想の中にこそ、真の人類的未来を感ずるに違いない。

2022年8月6日

掲載箇所(執行草舟著作):『根源へ』p.447、『「憧れ」の思想』p.63,213
フランシス・ポンジュ(1899-1988) フランスの詩人。人間と物の真の調和を追求、主観ではなく「物の真実」の言語化を目指した。長い間無名であったが、サルトルの紹介によって一躍有名になり、ヌーヴォー・ロマンの作家たちに大きな影響を与えた。代表作に『物の味方』、『プロエーム』等がある。

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