草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • アイスキュロス 悲劇『アガメムノン』より

    人間は、苦しみによって英知を学ぶのだ。

  私は英国の歴史家アーノルド・トインビーを深く尊敬して生きて来た。私のもつ歴史観や文明観そして人類的希望は、その多くをこの偉大な人物に負っているのだ。トインビーのもつ真の教養主義は、私にとって最高の憧れである。それは死ぬまで、そうに違いない。真の人物を私はここに見るのだ。英国紳士の原型を維持し、その求道の人生は騎士道を彷彿さえする。そのトインビーが、オクスフォード大学ベイリオル学寮の学生の頃から掲げていた座右銘が、この冒頭の言葉となる。
  従って、これはそのまま私の座右銘となった。高校生以来、この思想は私の根本を形成する最も大きな力となったのだ。このアイスキュロスの思想によって、私はウナムーノの『生の悲劇的感情』と出会えたように感じている。愛の苦悩を思索し続けたウナムーノを、私はこのギリシャ悲劇の思想によって理解したように思う。キリスト教の最も深い愛の英知を、私はキリスト教以前の哲学によって自分なりに理解した。私の理解は、日本人的な愛のひとつの解釈を生み出したと思っている。
  『葉隠』の忍ぶ恋が、キリスト教の愛と融合したのである。その媒介にギリシャ悲劇の精神が働いていた。私は自己の日本的愛の確立に、誇りを抱くことが出来た。古代ギリシャの魂が私に語りかけ、私の武士道を包み込んだと思ったからだ。ギリシャ悲劇と武士道が、キリスト教的愛を私の中で核融合したと思っている。人間の混沌と不合理が、私の中に屹立して来た。混沌と不合理が、文明の中に愛を貫徹させて来たことを知ったのだ。苦悩の中に見出す愛を私は見詰めていた。

2022年7月30日

掲載箇所(執行草舟著作):『現代の考察』p.170,214
アイスキュロス(BC525-BC456) 古代ギリシアの三大悲劇詩人の一人。ペルシア戦争で激戦を経験した。他の追随を許さない雄大な構想と壮大な言語で知られ、現在まで七編が伝えられている。『縛られたプロメテウス』、『ペルシア人』等がある。

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