草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • シメオン『神の愛への讃歌』より

    孤独なる神よ、孤独なる我れのもとに来たれ。

  シメオンは、東ローマ帝国における最高の神学者のひとりである。ギリシャ正教の教理と神学論の基礎を固め、また瞑想的修道生活の指導者としても名高い。その信仰の篤さのゆえに、苦難の人生を送った。今に残る多くの神学書、講話、書簡集にはその涙の跡が深く滲んでいるのだ。ギリシャ語を話す教父の中で、私が最も尊敬する人物である。世俗化する正教会と対立し続け、神との霊的交わりを説くその神学に、シメオンの戦いの現存を見ることが出来る。
  あのマルチン・ブーバーの言う「我と汝」の関係を神との間に築き上げていた。ただ独りで生き、ただ独りで死んだ教父なのだ。私はシメオンの中に、革命の息吹を感じ続けて来た。その息吹が、私に語りかけて来る。孤独の中にこそ、生命の屹立が可能となる。孤独の深淵を歩む者にだけ、神の語りかけがやって来るのだ。シメオンを尊敬していたフランスの哲学者ジョルジュ・バタイユは、その体験を「この孤独、これこそが神である」と語っていた。
  神に向かって、シメオンのように呼びかけた人間がいたことに私は驚愕した。この信仰、この信念はただごとではない。神の孤独を真心から知っているに違いない。自己の信念に命をかけていることはすぐに分かった。私が知る限り、「孤独」が生命にもたらす崇高性を語る「最初の人間」である。人間の孤独ではない。そのようなものではなく、神の孤独を自己の孤独に重ねるその崇高を私は垣間見たのだ。私の「葉隠」も、ここまでいかなくてはならぬ。その道は長く遠いだろう。しかしシメオンの苦難に比すれば、物の数ではない。

2022年10月15日

シメオン(949-1022) ビザンチンの神秘主義作家。東方教会の修道士。「新神学者」とも呼ばれる。初め皇帝に仕えたが修道士となり、コンスタンチノープルの修院長を務める。しかし独自の教説が批判を受け、のちに小アジアのタルキトンに流され、生涯を同地で送る。神秘家として、静寂主義に理論的根拠を与えた。『百の神学的・覚知的・実践的主要則』『教理講話』等。

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