草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • アレキシス・カレル『人間—この未知なるもの』より

    愛し、かつ憎むことのできる人においてのみ、思想は成長する。

    《 La pensée ne grandit que chez ceux qui sont capables d’amour et de haine. 》

 人間が生きる上で、最も大切なものは何か。それは情熱ではないだろうか。特に、人間が人間として人間らしく生きるには、そうなる。情熱がなければ、我々の生命は動物に限り無く近い。そして、ひとつの化学反応の過程に過ぎない。しかしその化学反応の内部深くに、情熱が潜んでいれば話は別となる。つまり、人間が生まれるのである。人間のうち、最大のものの一人にルイ・パスツールがいる。パスツールは、情熱を「内なる神」と呼んでいた。生命の本質を知る者の発言である。
 その情熱について、カレルは考え続けたのだ。そして冒頭の言葉となった。我々は、この言葉の中に、情熱とそこから生まれる思想の本質を見出すことが出来る。私は、このカレルの本とこの言葉によって救われた思い出がある。私は『葉隠』の武士道だけで生きていた。そして、それは情熱だけによって成り立つ思想だったのだ。それを私は神としていた。カレルは、その私の武士道を科学的な論理に変換してくれたのだ。その生理学は、私の武士道を直立せしめたのである。
 私は多くのものを愛し、そして多くのものを憎んだ。葉隠の思想の下に、私は死ぬほどに愛し、死ぬほどに憎んだ。それを良いとは思っていない。しかし私の体奥から溢れ出る情熱がそれを為さしめたのだ。私の精神と肉体は、葉隠の武士道に占有されていた。「死の哲学」から噴出する愛と憎しみが私を翻弄していた。その奔流が、私の思想を確立せしめてもいたのだ。苦痛の叫びの中から、私の思想は生まれて来た。カレルとの出会いは、そのような私に本源的な「生」を与えてくれた。

2020年4月13日

アレキシス・カレル(1873-1944) フランスの外科医・生理学者。アメリカに渡りロックフェラー医学研究所で体外培養を研究。のち、血管縫合法の開発と臓器移植の研究でノーベル生理学賞・医学賞を受賞。第一次世界大戦時にはフランスへ戻り、傷病兵の救護に活躍した。

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