草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • モーリス・メーテルランク『ペレアスとメリザンド』より

    あゝ、星がみな降ってくる。

    《 Oh! Toutes les etoiles tombent! 》

 恋に生きる者は、みなこれを経験するのではないか。遠く煌く憧れに向かって生きるとき、人は星をその身の内に抱きかかえる。自己の魂が星に届き、星の悲しみが自己の中に響き渡れば、我々は星と共に生きることになるのだ。到達不能の恋と到達不能の遠い憧れが、地上の我々に汚れない崇高をもたらすのである。その崇高は、星の瞬きと共に我々を訪れて来る。その崇高をしっかりと摑み取らなければならない。そして、それと共に死ななければならない。
  私の中に、騎士ペレアスの絶叫が聴こえて来る。水の妖精メリザンドの愛が、時空を越えて私を訪ねて来るのだ。二人の愛の中に、私の憧れと等しいものを見ている。真の憧れは、愛の本質と似ているのだろう。そして、それは人間に恋の熱情を運んで来るに違いない。天空から、星が降り注ぐ人間にならなければならない。あの天空の星に向かって生きなければならない。そして、この地上にその星を引き寄せるのだ。そこにこそ、人間の燃焼がある。
 この戯曲は、私が初めて読んだフランス語の本だった。大学二年のときの教科書だったのだ。私はこの歴史的な恋愛の物語を初めて読んだことに、大変な運命的な誇りを感じている。私の武士道の根幹を支える、あの「忍ぶ恋」の現世的実現の一端を感じ取ったのだ。星が降り注ぐ「生」を摑み、星に向かう「死」を私は願っていた。その私の精神を、あの騎士ペレアスが台詞として話しているのだ。これが感激せずにいられようか。

2020年6月22日

モーリス・メーテルランク(1862-1949) ベルギーの詩人・劇作家。パリで象徴主義に影響を受け、新しい演劇を創作。リラダンとの出会いを経て、「自由詩」を文芸雑誌に発表。ナチス・ドイツの侵攻から逃げ、第二次世界大戦中はアメリカへ移住。『ペレアスとメリザンド』、『青い鳥』で脚光を浴びる。

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