草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • 荘子『荘子』(大宗師篇)より

    生を殺す者は死せず、生を生かす者は生きず。

    《 殺生者不死、生生者不生 》

  私は『荘子』を深く愛して来た。その思想の中に、革命の息吹を感じていたからだろう。その否定の哲学は、禅の深淵と相通ずるものがある。般若心経の如く、荘子はこの世のものをすべて否定する。絶対に妥協せぬその否定に比肩し得るものは、心経を除けば禅の『臨済録』を措いて他にない。荘子は、否定の先に揺らぐ人間存在の真実を見据えているのだ。物自体の中に、人間の生ける魂を見ているように思う。それこそが、本当の物質の本体なのだと私は思っている。人間が在って、この世が在る。
  冒頭の言は、私の生命論の中枢を支える思想となっているものだ。この思想を考え続けて、私はすでに半世紀以上を生きて来たことになるだろう。これは、現代の考え方に真っ向から対立する。自分の肉体を大切に思う現代社会の完全否定と言ってもいい。肉体を大切に思い、人生の幸福と成功を求める者は多い。しかし荘子は、それに否を唱えている。人生と生命の達人が、否と言っているのである。荘子は、人間の生命の淵源を見詰めているのだ。
  自己の命も顧みずに、人生を生きる者はその命さえ長らえることが出来る。そして、自己の生命の躍動により永遠の命に連なるようになるのだ。反対に、自分の命だけを大切にし、この躍動を惜しむ者は、自分の人生そのものを失うのだ。そして、その命も失う危険が大きい。人間とは、命がけで生きれば「よく生きる」ことが出来るのだ。そして、命を惜しんで生きれば「腐り果てる」ことになる。生命はすべて、逆説の論理を愛する。

2020年10月26日

掲載箇所(執行草舟著作):『風の彼方へ』p.39,281
荘子(生没年不詳) 中国、戦国時代の宋の思想家。儒家の思想に反対し、一切をあるがままに受け入れるところに真の自由が存すると説く。老子とともに道家を代表する人物として知られる。著書に『荘子』がある。

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